50代から起業 後悔しないための自遊な生き方

15年勤めた会社を辞めて起業のために僕がやろうとしていること

“君はまだマシな方だよ”と言われて慰められた気になりますか?

残業続きて、昨日は(正確には本日)深夜2時に帰ったという同僚。

正直言って限界ですわ・・・って元気なさげ。でもその後の彼の台詞がちょっと気になった。

俺なんかまだマシなほうですよ。世の中にはもっと酷い会社いっぱいあるし・・・。 

どこぞの酷い会社と比べたらうちなんかマシなのか?

連日深夜残業をさせられて、まだそういうことをいうのか?広い世の中を引き合いに出してマシっていわれてもそうとは思えない。不幸な誰かと比べること自体おかしい。もし比べるべき酷い会社がなければ、今の境遇をどう思うでしょうね。

なんで毎日こんなにこき使われてなんちゅう会社や。俺かて早よ帰りたいわ・・・

これが本音です。なのにそう口に出させない、自分より酷い人を引き合いに出して、まだ下がいるからなんて、どれだけ我慢強いねん!って思います。もっと正直になればいいのに。まぁ自分の口から出た台詞なので自身で納得してのことだけど、仮に他に人に言われたらどう思うでしょうね。

君なんてまだマシなほうだよ・・・世の中には・・・・中略・・・

書いててちょっと腹立ちそうです、いや立ちました。

自分の頑張りを否定された気分ですね。

そもそも引き合いに出す相手が悪過ぎます。例えば子供がご飯を食べ残した時に「世の中には食べる物がない人もたくさんいるのに何故残すの?全部残さず食べなさい」子供にはその意味がわかりません。食べる者がない人は目の前にいません。それと自分が目の前にある食べ物を全部食べないといけないことがリンクしないわけです。

「なら、この食べ物をその人に食べさせてあげて」そこまでいうことが出来る子供もそう多くないし。

 

話を戻すと

酷い会社と比べて今の自分の優位性に満足する考え方は即刻止めたほうがいい。比べるならば自分よりレベルが上のもの(人)にすべき。

あの人に比べたら私の頑張りは序の口。追いつけるようにもっと頑張ろう!と考えたほうが健全です。

 

また、比べるべき人物がもう一人います。それは

過去の自分自身です

自分の頑張りを他人の物差しで測られることほどおもしろくないものはないでしょ?そうではなく、昨日の自分よりもほんの1cmでも成長できたことに喜びを感じたいと思いませんか?

冒頭の彼の場合も同じく。昨日の自分よりも今日は頑張れた(と思う)とか、あの人に喜んで欲しいから頑張る!って思うほうがモチベーションも上がります。

 

結論

自分よりレベルが下のもの(人)と比べても成長に繋がりません。逆に今以上に下降線を辿ることも有り得ますから。

頑張る源は手掛けた仕事で、誰か(自分もしくはお客さん)が喜ぶことが出来るかどうかが肝です。◯◯よりマシっていう考え方では成長はないと考えます。