50代で起業 後悔しないための自遊な生き方

15年勤めた会社を辞めて起業を成功させるために僕がやろうとしていること

50代 枯れたデザイナーも今の世の中には必要です

枯れるという表現は、悪くいえば出涸らしのお茶のように、アイデアを出し尽くして枯渇してしまい新鮮味に欠けてしまう状態をいいます。

確かにアウトプットの連続で、充電をせず走り続けると人の思考は頭打ち状態になること必至です。 

私の充電方法のひとつは、雑誌類とネット

娘が買っている20代向けの女性ファッション誌やジャニタレ本を見たりすることである程度の流行り廃りはわかります。

女房の50代向けの女性誌を拝借して、ファッションのみならず、生き方講座的な視点で見ていると役に立つコラムも多いのがその雑誌の類いですね。

昨今はDTP関係のデザイン専門誌が減少しているさ中、テクニック講座的なネットのサイトを仕事をしながら閲覧って言うのも今風ですね。

なんたってキーワード一つで調べられないことが皆無なのがインターネットの世界ですから。

若い人と話す機会を持つっていうのもいい刺激

お年寄りみたい物言いですが、同じ地域でフリーランスをやっているデザイナーと交流を持つこともありです。最近私よりも二廻り近く若いデザイナーと話す機会がありました。若いのに自分の考えを持っていて、決して廻りに振り回されることのない持論をもってお客様と接しておられるとのこと。私のように相手のご機嫌に左右されるのとではエラい違いです。

 

前職の頃からのお付合いで年上の先輩フリーランスさんとの関わりも自分としては重要です。これから自分が辿るであろう道を示してくれる存在っていうのは貴重です。

人としてデザイナーという職業として枯れないようにするには自分から進んで吸収する意欲を持つことだと思います。

とはいえ、枯れたデザイナーも必要だといわれる所以は?

枯れるというと単に古いという意味の他に、いろいろな経験をし尽くして、アイデアの引出しがたくさんあるっていう意味も含まれます。

長年試行錯誤しながらデザイン制作し続けた経験は何にも代え難いものだと思います。

それを単に古くさいからという安易な理由で切り捨ててしまい、新しい切り口で何を表現したいのか意味不明なメディア広告(テレビCM)が多いのも事実。

最後になってやっと「◯◯の宣伝か・・・」なんて気を持たせ過ぎて見入るんじゃなかったと思わせるような表現は、我々のような世代にはなかなか理解出来ない部分です。

表現の世界の「王道」は多少の流行り廃りはあるものの、基本的には変わりないと思います。

要はこういうことやねん!っていうベタな表現とでもいいましょうか。

どんな表現でもいいから(気分を害さない範囲で)伝わったもん勝ちってうのが私のデザインポリシー

そういう表現手法は枯れたデザイナーの専売特許っていわれるかもしれませんが、あながち間違いではないと思います。