50代で起業 自分に合ったやり方で成功する方法

15年勤めた会社を辞めて起業を成功させるために僕がやろうとしていること

過労死って結局誰が悪いのでしょうか?

こういう問題を、いいか悪いかという二択で結論付けるのはどうかと思うし、“誰か”を犯人に仕立て上げることも気持ちよくありません。

目次

残業代が支払われている残業は正当なのか?

今私がこの話題を取り上げたかという理由は、前職場との関係が大きいわけです。印刷会社に籍をおいていたわけですが、とにかく残業が多い。私が辞める前の残業時間は月70時間強。あくまでも表向きの数字であって、休日の持ち帰り仕事を含めると+20時間はあったかもしれません。

一昔前は、残業時間の多さや連続徹夜を自慢するような超お馬鹿な風潮が影ではあったようで、それが評価に繋がるという、なんとも理不尽を感じていたわけです。

何も、たくさん残業をした、たくさん徹夜をした等という武勇伝を語りたいわけではなく、そうしないと会社が廻らなかったのです。ちゃんと残業代は支払われている。ならば個人の限界など無きものとして社畜の如く頑張るしかないという歪んだ使命感があったからかもしれません。

そんな仕事が5年も10年も続けば、誰だって壊れます。私も頸椎ヘルニアでリタイア寸前でしたから。

自分の体と会社 どちらが大切なのか?

病院にいく時は時間をやりくりして行くくせに、仕事のやりくりは出来ひんのか?

上司の非情なその一言で、普通じゃない体調にも関わらず、動かない体に鞭打ったせいで3ヵ月休職しました。その間、家で静養して思ったことは、そういう働き方を選んだのは結局のところ自分自身。誰に何言われようが、他人と自分とでは力量は違うし、限界レベルも違う。どこかの偉いさんの言葉で、「これくらいで折れるとは思わなかった。みんなもやっているし」上に立つ者の意識ってその程度なんだなと実感しました。彼らの意識が低いことと、その言葉にムキになって仕事をしてしまった自分が悪かったこと。

そんな状況から抜け出すために死んで全てをリセットするという選択肢がなかったのは支えるべき家族があったからだと思います。もし独り身ならどうなってたか想像がつきません。

誰が悪いのかという犯人探しは不毛です

仕事が原因で、自殺に追い込まれなかったものの、任意退職をせざるを得なかった今の状況を考えると何が原因でそうなったのか、その犯人探し程不毛なものはないように感じます。

  • 会社の言いなりになって社畜のごとく働いてしまった自分のせい
  • 会社のために・・見返りの期待出来ないものに対する忠誠心は無意味
  • 多少の努力は必要だけど無茶な努力はしてはけない
  • 今の会社を辞めない限り次(に行く)は会社は存在しない

縛りという言葉があります。

今の会社を辞めたら次いくところがないかもしれないというもの。仮に、今の会社で働き続けることのメリットとデメリット。辞めた時のメリットとデメリット。

どちらを選ぼうが結局のところ一緒。

要はどちらが正解でどちらが間違いかなんて二択なわけないということ。世界は広いわけですから、辞めずに続けようが新しい環境に飛び込もうがいろいろあって、その場に応じたいろいろ悲喜こもごもがあります。

なら どうしたいのか?

しんどいならしんどいでいい。辞めたけりゃ辞めればいい。自分の心に正直であることが大切だと思います。

結局個人の問題ではないということ

仕事がたくさんあって、それをこなすために遅く迄残業をして・・・

これ・・・別に会社が悪いわけではありません。仕事をとって来た営業が悪いわけではありません。残業している個人のスキルの低さでもありません。

余談ですが・・・・

とある日、メガネを新調しました。度の調整とブルーライトカットが施されたヤツです。で・・いつ出来ますか?と質問

1週間後です

正直いうと、そんなにかかるんや・・・という感想。

そうです、そんなにかかるんです。レンズを研磨してフレームに合わせて、ブルーライトのコーティング加工して・・・。一般の消費者にはわからない工程がたくさんあります。でも、それを遅いと感じたわけです。(急ぎではないのでOKですが)

仮に無理を言って急いでもらうと・・・・どうなるでしょうか?

それを今の仕事と重ねてみると明らかです。

現状の仕事を後回しにして、後から聞いた急ぎの仕事が優先されます。当然スケジュールが狂いますから、何処かで帳尻合わせをしなくてはいけません。それが残業や休日出勤に繋がります。

前職場(印刷会社)ではそんなやり取りが日常茶飯事でした。無茶を言われるお客様のせいにしてはいけませんが、度を過ぎた要求、例えば今日注文して明日欲しいなんていう要求をするほうもするほう、それを「畏まりました!急いで対応します!」って聞くほうも聞くほう。ブツブツいいながらも作業するほうもするほう。眼鏡の加工と同様に、世にある印刷物もたくさんの工程を踏んでいるわけです。既にある在庫をそのまま出荷するのとは訳がちがいますからね。

ひとつやふたつじゃないです。毎日10も20もあったら、そりゃ・・・現場は混乱します。バタフライ効果のように、1つ1つは些細なことでもそれが幾重にも重なることによる影響がどれほどか想像に絶えます。

世の中のシステムがそうなのでしょう。電車は時間通りに来るのが当り前、ネットで注文したら翌日には届くのが当り前。宅配業者に文句の一つでも言ったら優先的に届けてくれる・・・言ったもの勝ちやったもの勝ちとはこのことです。

今日聞いた仕事はどんだけ他で仕事を抱えていようと、残業してでも期日迄にこなすのが当り前、頼む人も聞く人も、その作業をする人もそれを届ける人も、今の世の中の異常なほど求められる正確性故に、各々が使命感や義務感に縛られているだけ。機械が自動的にやっているのではなく、人の手が介在しているということをすっかり忘れています。

結論をいうと、過労死は一部の労働者の問題ではなく、日本人という勤勉さが生んだ、まさに日本人病といっても過言ではありません。