50代でフリーランス 自己責任という足かせを履いた自由な世界

50代 フリーランスで成功させるために僕がやろうとしていること

しがみつかないといけないような会社なんてないんじゃないの?

僕が会社を辞めて1年半が経過する頃、元同僚Mさんから風の便り。

私も永らく勤めた会社から離れました。

在職中は・・・中略・・・・

あなたの活躍をお祈りしています・・・・

的な文面。

 

予想だにしていなかったわけではないけれど、やっと決断したか・・・っていう感じ。

どういう会社だったかというとひと言いうと

父ちゃん母ちゃん会社から脱却して、まっとうな企業になるべく、色々ルールを作ってガチガチに縛る社風が蔓延している会社。当然、成長すべく、長時間労働や休日出勤も「企業の成長のため」という大義名分の中で見過ごされていたような気がする。

会社の姿勢としてはそれはそれでいいんだけど、個人がそれについていけるかどうかは別問題。

自由な社風の中で、個人のパフォーマンスを最大に発揮させてくれる会社か、何でもかんでもルールに縛って、管理されまくる会社がいいのか?

僕は付いていけなかった派。縛られるのが嫌だったのと、何でもかんでも数字で管理しようとしていたことに違和感があった。会社から提示される数字には嘘はないけれど、人の口から発せられる論理的発言が加味されて屈してしまったわけです。

「これだけ時間をかけてこれだけですか?」

数字って人の感情を無視してねじ伏せることが出来る最大のツールであると思った。

デザインの仕事でそれいわれると辛くないですか?

「工賃少ないのにどんだけ時間かけてるねん!?」

そこだけ切り取って見ると疑いようのない事実だけど、その前後を見るとどうなんでしょうか?

横やりが入ったり、電話応対などの複数業務を掛け持ちしながら仕事に集中しろ!は無茶な注文です。

で・・・・・・それに屈した人はこれで何人目だろうか。

僕以降、10年選手といえるほどのベテランが会社を去ったのは。

「そんなに数字で雁字搦めにしなくても個人のパフォーマンスは発揮出来るでしょ?」という意見を他所に、分刻みでスケジュールを管理したり、従えない社員に対してパワハラの如く、皆の前で叱責したり・・・・

Mさん、君の決断は正しいと思う。

今迄社畜のごとく無理して働いてきたけど、それで個人として何か変わったですか?

「歯を食いしばって頑張っています!」と眉間にシワを寄せながら話していたMさんだけど、仕事ってそもそもそんなスタンスでするものじゃないでしょ?

金持ち父さん貧乏父さんの一節を借りると「ラットレース」を社内で繰り広げて、いいことは全て会社の手柄、個人への還元はわずかな給料。

お客さんからは「Mさんのお蔭で」という感謝の言葉をかけてられることもなく、前進することなく同じところを毎日毎日クルクル回っているだけ・・・・

ぞんなゾッとする職場から抜け出た勇気を褒めてあげたい。

彼女だけではなく世の会社の多くがそう思っていながら「ラットレース」を繰り返していると思うと不憫で仕方ない。

そこまでしがみつかないといけないような会社ですか?

今会社を離れても他で雇ってもらえそうな気がしないし・・・・

そう思う気持ちは理解出来るけど、逆に何処でも通用する得意技を持ってなかったあなたにも問題ありですよ。

ただなんとなくお金のために生活のために仕事をする前に、自分はこれで世の役に立っていると自信をもっていえるものをひとつでも持つことが大切ではないでしょうか?