50代でフリーランス 自己責任という足かせを履いた自由な世界

50代 フリーランスで成功させるために僕がやろうとしていること

目の前のペンをどう使うのかはあなた次第という話

与えられた物や状況の範囲内で懸命に努力せよ

フリーランスとして仕事を始めかけの頃、とあるネット上で知り合った方から質問を受けました。

あなたの目の前にペンが置いてあります。

さてあなたはそのペンをどのようにして使いますか?

最初質問の意味がよく分からず、何かに誘導されているのかと思い、躊躇したわけですが、素直に「紙に絵や文字を書きます。また誰かに情報を伝える材料にしたり、自分の考えをまとめるために使います」と答えました。

するとお相手は「OKです」の返事。

意味を聞くとまあ納得。

ペンは文字や絵を書く道具です。でもそれで人を刺したり投げつけて器物損壊したりすると凶器に変わります。同様に包丁を何に使うかというと殆どの人が「料理に使います」と答えます。しかし、道端で人に目掛けて使うと言わずもがなですね。

要は今目の前にある状況や物をどう使うかはあなた次第。

道具であれば、正しく使えばクリエーティブな材料にもなるし、人を笑顔にさせる料理も作れます。しかし使い方を間違えれば破壊兵器に成りうるんですね。

もう少し突っ込んだことを話すと、

今あなたはフリーランスで働いています。しかしそのいきさつを聞くと決して順風満帆ではなさそうです。人間関係のトラブルで、やむなく退社。本意ではない状態で元いた会社から仕事を外注されるカタチでスタートしました。

・会社を放り出されて次の就職先もないまましかたなくフリーランス

そう考えるのとは逆に

・やっと自由な身になった!社畜卒業!自分の都合で好きな仕事が自由できるようになった

と考えるのとでは随分違いますよね。

フリーランスになったことをどう捉えるかはあなた次第

目の前にあるペンを絵を書く道具にするのか、叱責された元会社の同僚への復讐の道具にするのか、何が正しいかはもうわかっているはずなので、前を向いて行きましょう。

何を与えられたかではなく、与えられた物や状況をどう使うかが大切なんですね。

これから台頭するであろう人工知能の使い方

巷で「あと10年以内に無くなる仕事100選」なんて記事をよく目にします。

例えば車の運転手とかあらゆる事務処理、電話オペレーター、士業といわれる仕事の殆どが人工知能(A.I)に置き換わるであろうとのこと。

でも本当にそう思いますか?

映画の世界じゃないですが、ターミネーターのようなA.Iを登載した人造人間が人に取って代わる世界は絶対ないともいえませんが、そう仕向けるかどうかは先の話同様に人次第です。

発達したA.I同士が共同して、人類を敵と見なし滅亡をもくろむなんて誰も望まないでしょうし、A.Iをそんな馬鹿な方向に向かわせないのが人だと信じたいです。

 

ロボット工学の3原則

第1条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。

第2条 ロボットは人間の命令に従わなければならない。ただし、あたえられた命令が、第1条に反する場合はこの限りでない。

第3条 ロボットは、第1条および第2条に反する恐れがない限り、自己を守らなければならない。

 A.Iを上手に利用出来る人にならないと

 A.Iが導きだす答えが100%正しくて幸せな世の中が築けるのであれば良しですが、人類というええ加減な生物が介在する限り、 A.Iを鵜呑みにするのは危険です。

例えば

親子が乗った車が運転中にトラック事故に巻き込まれて川に投げ出されたとします。

(事故の悲惨さを訴えるのではありません。あくまで出来事として聞いて下さい)

それを見ていた A.Iを登載したアンドロイドが川に飛込んで親子を助けようとしましたが時間的に1人しか助けられません。

はたしてA.Iはどう判断したでしょうか?

親の助かる確率80% 子供の助かる確率10%

数値の高いほうを助けるのは論理的に正しいわけですが、果たしてそうでしょうか?

子供の将来の可能性を考えると10%の確率さえ十分ではないか?人の判断ならそう思うかもしれません。無謀にも両方を助けようとして全員が助からない可能性も考えられます。人は感情で動く生き物ですから。

 A.Iは非情な判断を下し、人は感情に左右されるダメな生き物・・・そんなことを言いたいわけではなく、仮に A.Iが人の頭脳を凌ぐようになっても、お互いの利点を併せ持った世の中にしたいよね・・・っていう話です。

でないと、ロボット掃除機に怒られるようになりますよ

「物とか出しっ放し置きっ放しやで!片付けてくれへんとおれ掃除出来ひんがな!」って(笑)