中高年社員を“妖精”と呼ぶ若い人にひと言物申す

朝日新聞に「働かない中高年社員を妖精と名付けた若手社員」の記事が掲載されていました。

妖精とは?

定年間近のシニア社員のことを指した言葉です。朝は定時に出社するのだけれど、いつの間にか席を離れ、気がつくと会社からいなくなってしまう。そんなシニア社員の存在を揶揄して名付けられたニックネームです。

かつて定年60歳以降は年金で悠々自適な生活を送れると思っていた時代がありました。平均寿命が延びた昨今、産業構造の変化から70歳まで働く社会に変化しつつあります。ある経済学者は「90歳まで働く必要がある」等と、暴論に近い発言もあります。

その年代に片脚突っ込んでいる私自身が思うことをお話しします。

妖精と呼ばれる中高年社員

現在はフリーランスですが、かつて私も印刷会社に勤務していました。そのさ中、仕事の成果とは不釣合いなほど高収入であったり定年間近の妖精社員は存在しませんでした。たかが20人足らずの会社でしたし、管理する方もされる方も全員作業員という形態でしたから、働き蟻の如く遮二無二働いていた記憶があります。しかし、そんな会社であっても人は必ず年齢を重ね、かつてのパフォーマンスを発揮出来なくなります。

とある会社の事例

Aさんは若い頃から工場長という立場でバリバリ機械操作をしていましたが、60代手前になって配置転換。今までとは全く作業環境の違う営業職に。生産性が上がらない慣れないPCの事務作業や外回り営業を強いられます。成果がでないAさんは若手にとってストレス以外の何者でもありません。

実際50代の自分自身に置き換えて考えてみると、20代30代の頃よりも体力やパフォーマンスは確実に落ちていると感じます。深夜まで頑張れませんし、夕方になると目がかすむ。集中力が続かない。実作業においては、若い社員の方が高パフォーマンスです。だからといって、パフォーマンスの低い中高年社員が即刻お払い箱の如く“妖精”とか“会社の扶養家族”と呼ばれるのはどうなのでしょうか?

中高年社員が培ってきたスキルの陳腐化

体力的なパフォーマンスの低下は否めないにしても、スキルの部分ではどうでしょうか?

私はグラフィックデザインの世界において、紙媒体中心にデザイン活動をしてきましたが、目に見えて出版不況を感じます。お正月の折込みチラシも例年より「えっ?これだけ?」と思うほどです。広告類がWEBに移行している所以でしょうか。

ならばWEBデザインの仕事に移行できるかといえばちょっと勝手が違います。昔ながらのHTML構文を組んでHPを作っていた時代とは違いますからね。目に見えない妙な壁に戦いているように感じますが、正にそれが中高年社員が培ってきたスキルの陳腐化ではないでしょうか?

発売から10年近く経過しているadobe illustratorCS5をいまだに使い続けている所以ですね。

今の人達からしてみれば、WEBもチラシ等の二次元デザインも変わらないでしょうが、40代50代以降は「かつてこの方法で上手く出来た」という、昔の役に立たない成功法則という足枷を外すところから始めないといけません。

あなた達が将来“妖精”扱いされないように

若い頃は、上司が目のタンコブのように思っていました。たいしたことしてないのにエラそうに!とか、ちょっと仕事が出来るようになると図に乗っていたわけですね。しかし自分がその年代になって、役職定年を迎え、かつての部下が自分の上に立つようになりました。さすがに“妖精”とまでは言われなかったものの、以前ほどのパフォーマンスを発揮出来てないことに対し、辛辣な物言いをされるようになりました。

若い頃に目上の方にとっていた不満の態度が廻り回ってブーメランの如く今の自分に直撃したかのような感覚 ・・・。

因果は廻るとはこのこと。その年代になって気が付くことが次から次へと湧いて出てきます。

  • 年がいくとプライドが邪魔して素直になれない
  • 年がいくと謙虚さがなくなる
  • 年がいくと現状維持さえ難しくなる
  • 年がいくと常に過去の栄光にすがりたくなる
  • 年がいくとチャレンジ精神が減退する
  • 年がいくと確実に目が衰える
  • 年がいくと昔の焼き直しデザインが多くなる

これすべて、中高年社員が持っている足枷です。妖精扱いされたくなかったら何があっても年齢のせいにしないという気持ちが必要です。

逆に若手社員にひと言言いたいことは

中高年社員を妖精呼ばわりしている若手もいづれ後輩からそう呼ばれる時が絶対に来るということ。その覚悟があるならば、これからもそういう態度でいなさい。そういう扱いをされたくなければ常に上昇志向でいること。

のほほんと生きていると

明日は我が身ですよ