仕事にフェアプレーを持ち込んだ結果こうなった

仕事をしていくさ中で、スムーズに事が運んで気持ちよく完了する仕事ばかりではありません。グラフィックデザインという仕事柄でもないですが、納品後、文字が間違っているとか写真がてれこだとか印刷したら色調がイメージと違うとか、常に恐怖との戦いです。

なかには不可抗力もあります。例えば某小学校の広報で、修学旅行の写真を掲載していました。納品後、児童の母親から激怒の電話。

「私の息子の顔が半分切れてる!」とか「◯◯ちゃんばっかりでうちの子の写真がない」とか。極めつけは「修学旅行のお風呂の写真でアソコが丸見えの子がいる!」とか。ルーペで覗くとわかるくらい小さい◯◯◯ですが、刷り直しました。

とまぁ、笑える失敗、進退に関わる失敗を数多く仕出かしましたが、今回は間違いではないけれど、自分のバカ正直さ加減に呆れた実例をお話しします。

お金貰えりゃ結果は二の次という発想

デザインコンペの依頼がたまにあります。新国立競技場のデザインコンペには程遠い、安価なレベルで数千円のものから数万円まで様々。一様に共通することは「採用されてなんぼ」ということ。何処かの没デザインを再利用したものが採用されたり、全くのオリジナルで力入れて作っても不採用になったりと、頑張れば必ず成果が出るとは言えないところが難しいですね。

なかには良心的なクライアントさんもあり、コンペ代(採用不採用関係なしに)◯万円と言うケースもありました。自分のスタンスとして成果のない仕事に「ご苦労さん代」をいただいたことはできません。

また、実際にデータ納品した場合でも、イベントが後に中止になったとかクライアント側の都合で使えなかったとか全く成果がでなかったとかの理由で、制作代を満額請求しなかった例もあります。間に入ってくれた印刷会社からは、「ちゃんと請求してもらわんと逆に困る」と言われます。それが正論なのは理解出来ますが、印刷物という実体になってなかったり役立たずのデザインを作ってお金を頂く罪悪感が勝ってしまいます。

「武士は喰わねど高楊枝」とはこのこと。決して笑いがでるほど儲けが出ているわけではありませんが、目先の金に目がくらんで、貰えるものはなんでも貰うという品格の無さは許すまじです。

フェアプレーの裏側

スポーツの世界で、自分に不利な判定が出ると100人中100人はクレームをつけます。だけどその逆は100%ありません。後のビデオ判定で結果は判明するものの、アウト判定だけど実はボールを落球してました、だからセーフですよ・・・なんて自己申告する馬鹿はいませんから。

フェアプレーという見地からするとどうなんでしょうね。クレームを付けない=フェアプレーとも思わないけれど、本来はルールに則って努力し、審判を信頼し、相手に敬意を払うことです。

仕事に置き換えて考えると、本来お金を貰えるのにルールに従わず、相手に忖度して請求をあげない行為はフェアプレーではないかもしれません。しかし、バレなければ「審判の判定通りのルールだから」とほくそ笑むくらいなら、フェアプレーなんて糞食らえと思います。

役に立たない仕事でお金を貰って喜ぶほど落ちぶれていない