Alは人間のクリエイティブを超えられるのか?

Al(人工知能)は人間のクリエイティブを超えられるのか?という問い。

クリエイティブというのは、デザイン、マンガ、アニメ、音楽を指すものとして考えると結論・・・私の答えは

ごく一部の模倣だけならできます

現に手塚治虫さんの新作がAIによって発表されていますね。とはいえ、ストーリーとマンガの書き起こしのほとんどは人間が行っており、AIが担当したのは作品の設定と粗あらすじだけのようです。
手塚治虫氏が描いた漫画のストーリーを学習したAIがプロットだけを提示。それを元にスタッフが検討しながらストーリーを作り上げたというものです。

そう聞くと模倣といいつつ、殆ど人の手による成果物ですね。手塚治虫氏の作品をスキャンしまくった膨大な基本データがないと何も始まらないということでしょうか。とはいえ、人間も他者を模倣したり参考にして自分なりの新しいアイデアを生み出すわけですから、作り出す過程は似たようなものです。

人間らしさ vs AIらしさ

人間は作業のさ中「これ・・・どこかで見た(聞いた)ことがあるような感じ」と思ってしまうと思考がストップします。クリエイターは常に目新しいものを取り入れたいという思考がありますので過去の焼き直しを極端に嫌います。AIはそういう感覚は理解出来ません。過去データを参考にするAIは「手塚治虫風」に作れという命令に対して忠実に模倣は出来るでしょうが、「◯◯とは違う作風」という指示には混乱を来すのではないでしょうか。具体的な指示がないと動けないのが今のAIの欠点です。

「まあその辺はええようにして」が通じるのは人間だけです。

指示の範囲内で動くのがAIの限界

昨今AIが作詞作曲するというデモを見たことがあります。例えば「カントリー風」「ロック風」「バラード風」様々なメロディーパターンを指示し、それに似合った歌詞を組み合わせた楽曲です。まあ・・・どこかで聞いたことのある「いかにも」って感じですが、AIが作ったと聞かされなければ、疑うこともないわけです。

単純に作品としての楽曲は出来ても、人の心を動かせるかと問われると「程遠い」出来映えです。やはり、冒頭の手塚治虫氏の作品同様に、人を介在させる必要がありそうです。

AIの可能性

現状、人の手によって作られたAIの限界はお話しした通りですが、この先AIによって作られたAIが登場し、全人類の感情までも理解出来るようになると、絵画や楽曲は人を超えるかもしれません。唯一優位性であるクリエイティブや哲学の世界さえ人知を超えた存在になってしまうと人のアドバンテージ(優位性)は何処に落ち着くのでしょうか。結論としては「人次第」です。AIをどのように発展させ、どのように利用するのかを見誤ると「ターミネーター」の世界になる可能性もあるわけですから。