ピンチは本当にチャンスなのか?

よく耳にする言葉で「ピンチはチャンス」

危機的状況でも前向きに捉えましょうという考え方ですが、私自身この言葉があまり好きではありません。これは本当にヤバいと思える状況、例えば明日のご飯代すら底をついた状況になったことがない故に、自分は危機的状況を乗り越える心の強さがないと思えるからです。

一般的に本当の意味での「ピンチはチャンス」とはどういう状況でしょうか。

ビジネスならば、経営危機に陥ってあらゆる融資先から断られ、明日の手形が落ちないという状況においても前向きに捉えることで打開出来るという夢のようなストーリーですか?「ピンチはチャンス」と口にするだけでは限界がありますね。

よくその言葉を発する人は、最初からそう考えていたわけではありません。ポジティブ思考が幸いして好転したわけではなく、遮二無二行動した結果、たまたま拾ってくれる先があってラッキーという場合が殆どです。

ですから「ピンチはチャンス」という言葉は、殆ど後付けです。

「俺は最初からそう考えてたぜ!」という人もたまにいらっしゃいますが、おそらく“こうして打開出来た”という過去の成功ノウハウを持ち合わせていたのと、今そこにあるピンチが致命的ではないと判断出来たからでしょう。嫌みっぽくいうと、「その程度の危機しか経験していない」とも言えます。

夢も希望のない言い方になりますが、殆どの場合がピンチのまま廃業に追い込まれるのが現実ではないでしょうか?無理とに「ピンチはチャンス」と根拠もないポジティブ思考は逆に危険です。

国民のピンチを放置し可能性を潰す日本政府

2019年10月の消費増税と2020年冒頭のコロナ騒動のせいで経済的損失を受け、売上1割減どころか半減という中小企業が数多です。これこそが本当の「ピンチ」です。感染症蔓延防止の策として自粛要請をしている日本政府ですが、言いっ放しで何の補償もせず、出てくる言葉は「思い切った経済対策、前例には捉われず大胆に・・・」という中身のない大号令といつまでたっても「対策を協議中」ばかり。早期な対応があれば救われる企業もあるでしょうが、牛歩の如く遅い対応では無策な政府による「生殺し」です。

こういう危機的状況下においては「ピンチはチャンス」と言うのは勇気が必要ですね。何をしても危機的状況ならば、いっそのこと180度行動を変えることではないでしょうか。例えば自粛要請があるさ中、イベントを実行しないと経営的に会社が危ない状況下だとします。

イベントを開催するために

  • 徹底的な衛生管理(マスク、消毒)
  • 飛沫感染に繋がる大声は控える
  • 席の間隔を空ける
  • 入場制限を掛ける
  • 空調管理を徹底する
  • 体調が心配な人は来させない
  • 会場で体温チェックや健康チェックをする

これだけ行なっても100%はありません。しかし、イベントの成功と会社の存亡をかけた思いがスタッフ及び観客に伝われば被害が出ても最小限に停める可能性もあるわけです。

国の補償が皆無な中、「ピンチをチャンス」に変える「イベントを強行する」行為には非難も傷みも伴います。しかし何もしなければ企業が亡くなるわけですから、時にはこういう判断も致し方ないのではないでしょうか?

「ピンチをチャンス」に変えるのは今

「ピンチをチャンス」に変えることを感染症騒動と絡めてお話ししましたが、感染された方からしてみれば、暴論に聞こえるかもしれません。しかし「ピンチ」のさ中、じっとしていても解決しません。かといって行動すれば好転するとも限りません。不躾な言い方ですが、絶望しながら亡くなるのを待つか、希望を抱きながら生きるのがいいのか、私なら後者を選びたい。あの時こうしておけば・・・と後悔するくらいなら、1%の可能性でも、何がしら行動したい。

日本政府に言いたいのは、「減税しても効果があるかどうか・・・」「富裕層に現金給付する必要があるのか」「和牛券?お魚券?旅行代金助成?」なんていうこの期に及んでまだ利権まみれの不毛な論議をするよりも、なんでもいいから即刻行動におこせ!と思います。自粛要請が出て1ヵ月、国民に対する補償を一切示すことが出来なかったわけですら、言い訳の余地はありません。国民の信用を取り戻して、「ピンチをチャンス」に変える時は今しかないのですから。